○【臓腑雑説 8.小腸、大腸、膀胱】
小腸・大腸・膀胱はいずれも「六腑なる者、物を伝化して蔵さず。故に実すれど満つる能わず。」(『素問』五蔵別論)、「六腑なる者は水穀を受けて行(めぐ)らせ、物に化するゆえんの者なり」(『霊枢』衛気篇)といった六腑に所属する臓器です。
 『難経』四十四難には口(口唇は飛門)から肛門まで七つの門があると記されています。そのなかで、胃と小腸の境目は幽門、小腸と大腸の境目は闌門と呼ばれております。明代の張介賓『類経図翼』に書かれた解剖図の小腸と大腸の形や説明からも小腸と大腸は現代医学のそれらと同じものであることが明らかです。
 小腸は胃に接続し胃から引き継いで、さらに「水穀を受けて行(めぐ)らせ、物に化す」ことを担っていく臓器です。具体的には『素問』霊蘭秘典論に、「小腸とは受盛の官、化物、ここより出ず」と記されております。
 現代中医学では小腸に①「受盛」、②「化物」、③「清濁の泌別」の3つの機能を持たせております。「受盛」とは、胃から送られてきた食糜(どろどろの粥状になった食べ物)を受け取ることです。
 「化物」とはそれを変化させることで、現代医学の消化と同じ意味合いと考えていいでしょう。「清濁の泌別」とは「化物」によって作られた身体にとって必要な物即ち清(水穀の精微)を脾の作用によって体内に取り込み、不要な物即ち濁(糟粕と呼ばれる食物の残滓)を大腸に送ることです。
 大腸については『素問』霊蘭秘典論に、「大腸とは伝道の官、変化、ここより出ず」と記されております。伝道とは小腸から送られてきた糟粕をどんどん下に運んでいくことです。変化とは、その過程で糟粕から水分を吸収して、糞便を作ることです。大腸は一定期間、糞便を留め、糞便がある程度の量になると、それを肛門から外に排泄します。

ところで、古代の中国医学と現代中医学で大きく異なるのが膀胱です。膀胱の働きは『素問』霊蘭秘典論に、「膀胱とは州都の官、津液、ここに蔵される。気が化(変化)せば則ちよく出づ(排泄される)」と記されているように、蓄尿と排尿です。この膀胱の機能に関しては古代から現代まで同じ認識です。
しかし、体内の余分な水分である尿が膀胱にどのように送られるのかについては古代の中国医学は現代中医学と異なる認識をもっておりました。明代の『鍼灸聚英』(高武著)には、「大腸の上口は小腸の下口である。ここに至って、清濁を泌別する。水液は膀胱に入り、滓穢は大腸に入る」と記されています。
 前出の明代の張介賓『類経図翼』には、「膀胱は下口はあるが上口は無い。臍上1寸の水分穴の所が小腸の下口であり、すなわち膀胱の上際である。水液はここから迴腸(小腸下段)と別れて気に随って泌滲して(膀胱に)入る」となっております。
こうしてみると、古代の中国人は水分穴の奥にある小腸と大腸の分け目闌門のところで、水穀の精微は脾の運化の作用で取り込まれて上焦に運ばれ、食べ物の残滓は大腸に送られ、余分な水分は膀胱に入ると考えていたことが分かります。膀胱は上口が無いのですから、膀胱の気化(気の働き)によって、丁度、ドリップ式のコーヒーのように、余分な水分は小腸から膀胱に滴り落ちるイメージだったのでしょうか?
したがって張介賓『類経図翼』には、膀胱の気が働かないと、余分な水分は膀胱に入らず、大腸の方に入ってしまい、泄瀉(下痢)が起こると書かれております。

これに対し、現代中医学では尿の生成に関し、腎と膀胱の関係から説きます。
 『素問』逆調論の「腎は水の臓、津液を主どる」などや、腎と膀胱の表裏関係などを根拠にして、体内の津液の管理は腎が行っており、腎の作用によって作られた津液の不要な部分は腎から膀胱に送られて蓄えられ、尿として排泄されるとします。これは現代医学の尿の生成とほとんど違わないものですが、この理論が確立するのは、中国医学が西洋医学の影響を受けたかなり後世のものと考えられます。
 小腸・大腸・膀胱の病理は主に大小便の排泄に現れてきます。下痢・便秘・尿閉・大小便失禁などは直接的には小腸・大腸・膀胱の病変によって起こってきます。また腹痛や腹鳴・腹脹などもこれらの臓腑と関係します。『霊枢』邪気蔵府病形篇には、一つ一つの六腑の病症が書かれていますので、参考にされるといいでしょう。
 六腑は特定の五臓と表裏関係という他と区別される繋がりをもっております。これは一つは身体の特定の生理機能を協同で担っていること、もう一つは経脈を通じて繋がっていることを意味しております。今回の小腸・大腸・膀胱は、五臓との表裏関係は心・肺・腎ということになります。
 心と肺は上焦に位置し、小腸と大腸は下焦に位置していますが、このように離れた臓腑がどのような協同作業をするのでしょうか?この点では『難経』でも三十五難で同じ設問を立て、「心は栄、肺は衛を主どり、どちらも陽気を通行させる機能をもっているので、膈上に位置し、小腸と大腸は陰気(穢濁の気)を下降させるので下に位置する」と若干、苦しい説明をしております。

 「心は血を主どり、小腸は清汁を泌別して、心の生血を奉ずる」ことを心と小腸の協同の生理作用としているものもありますが、はたしてこれが他と区別すべき心と小腸の表裏関係なのか、私にはよく分かりません。
 『諸病源候論』(隋代の巣元方著)には、「心は血を主どり、小腸と合す。心竅に熱があると小腸に結び、血尿となる」と病理的関連性については述べています。心と小腸の関連よりは肺と大腸の関連の方がわかりやすいものです。肺の粛降作用は大腸の伝道作用を促して、糞便を下に送り、また大腸の気機がよく働き排便がスムーズに行われると、肺の宣発粛降機能は正常に作用します。
これは呼吸が排便に係わり、また便秘や下痢が肺の呼吸に変動を与えることからも理解できるところです。なお肺と大腸の関連については、拙著『針師のお守り』の中でも「肺と大腸」と題して、触れておりますので、ご覧ください。さて、小腸・大腸・膀胱の病変に対し、直接治せるツボはそれぞれの兪募穴ですが、小腸・大腸に対しては、小腸経と大腸経の下合穴である下巨虚穴と上巨虚穴に刺灸しても効果があります。



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